あふ》れて、涙の玉、膝に乱れつ、霜夜《しもよ》の鐘、響きぬ、
七の一
数寄屋橋《すきやばし》門内の夜の冬、雨|蕭々《せう/\》として立ち並らぶ電燈の光さへ、ナカ/\に寂寞《せきばく》を添ふるに過ぎず、電車は燈華|燦爛《さんらん》として、時を定《さだ》めて出で行けど行人《かうじん》稀《まれ》なれば、発車の鈴《ベル》鳴らす車掌君の顔色さへ羞耻《おもはゆげ》に見ゆめり、
今しも闇《やみ》を衝《つ》いて轟々《がう/\》と還《か》へり来《きた》れるは、新宿よりか両国よりか、一見|空車《からくるま》かと思はるゝ中《うち》より、ヤガて降り来れる二個の黒影、合々傘に行き過ぐるを、此方《こなた》の土手側《どてぎは》に宵の程より客待ちしたりける二人の車夫、御座んなれとばかり、寒さに慄《ふる》ふ声振り立てて「旦那御都合まで」「乗つて遣《や》つて下だせイ」と追ひ掛け来《きた》る、二個の黒影――二重外套《ふたへぐわいたう》と吾妻《あづま》コウト――は石像の如くして銀座の方《かた》へ、立ち去れり、チヨツと舌打ちつゝ元の車台へ腰を下ろしたる車夫、「あゝ今夜もまたあぶれかな」「さうよ、先刻《さつき》
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