鬢《びん》のほつれの只だ微動するを見る、
「篠田さん、貴郎《あなた》の高き御心には」と、梅子は良久《しばらく》して僅《わづか》に面《かほ》を上げぬ「私共《わたくしども》一家が、何程《どんなに》賤しきものと御見えになるで御座いませう、――私は神様にお祈するさへ愧《はづ》かしさに堪へないので御座いますよ――」
「それは何故です――」
 梅子は又た頭《かうべ》を垂れぬ、長き睫毛《まつげ》に露の白玉|貫《ぬ》ける見ゆ、
「梅子さん、私《わたし》は未《ま》だ貴嬢《あなた》の苦悶《くもん》の原因を知ることが出来ませぬが、何《いづ》れにも致せ、貴嬢の精神が一種の暗雲に蔽《おほ》はれて居ると云ふことは、唯に貴嬢御一身の不幸ばかりではなく、教会の為め、特《こと》に青年等の為め、幾何《いか》ばかりの悲哀《かなしみ》でありませうか」
「否《いゝえ》、私の苦悶《くもん》が何で教会の損害になりませう、篠田さん、私の苦悶の原因と申すは、今日《こんにち》教会の上に、別《わ》けても青年の人々《かたがた》の上に降りかゝつた大きな不幸悲哀で御座います」
「其れは何ですか」
「篠田さん――貴郎の除名間題で」
「私《わたし》
前へ 次へ
全296ページ中55ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 尚江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング