嬢梅子なり、

     五の三

 赧《あか》らむ面《かほ》に嫣然《えんぜん》として、梅子は迎へぬ、
「梅子さん、貴嬢《あなた》が此辺《このあたり》に在《い》らつしやらうとは思ひ寄らぬことでした、」と篠田は池畔《ちはん》の石に腰打ちおろし「どうです、天は碧《みどり》の幕を張り廻はし、地は紅《くれなゐ》の筵《むしろ》を敷き連《つ》らね、鳥は歌ひ、雲は舞ふ、美妙なる自然の傑作を御覧なさい」
「けれど、篠田さん、何故人間ばかり此の様に、罪の心に悩むのでせう」
「左様《さやう》、何人《なんぴと》か罪の悩を抱《いだ》かぬ心を有《も》つでせうか」と篠田は飛び行く小鳥の影を見送りつゝ「けれど、悩はやがて慰に進む勝利の標幟《しるし》ではないでせうか」
「ですけれど、私《わたし》はドウやら悩みに悩むで到底《たうてい》、救の門の開かれる望がない様に感じますの」梅子は只《た》だ風なくて散る紅《くれなゐ》の一葉に、層々|擾《みだ》れ行く波紋をながめて、
「ハア、貴嬢《あなた》は劇《にわか》に非常なる厭世家にお化《な》りでしたネ」
「私《わたし》は篠田さん、此頃ツクヅク人の世が厭《いや》になりました」
「奇態
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