\しい奴でせう、脅喝《ゆすり》新聞、破廉耻漢《はぢしらず》」
 長谷川夫人も顔打ちひそめつ「ほんとに驚いて仕舞ふぢや御座いませんか」
 庭樹の茂《しげり》に隠れ行く篠田の後影《うしろかげ》ながめ遣《や》りたる渡辺老女の瞼《まぶた》には、ポロリ一滴の露ぞコボれぬ「きツと、お暇乞《いとまごひ》の御積《おつもり》なんでせう」
 篠田はやがて学生の群と別れて、独《ひと》り沈思の歩《あゆみ》を築山の彼方《あなた》、紅葉|麗《うる》はしき所に運びぬ、会衆の笑ひ興ずる声々も、いと遠く隔りて、梢《こずゑ》に来鳴く雀の歌も閑《のど》かに、目を挙ぐれば雪の不二峰《ふじがね》、近く松林の上に其|頂《いただき》を見せて、掬《すく》はば手にも取り得んばかりなり、心の塵《ちり》吹き起す風もあらぬ静邃閑寂《せいすゐかんじやく》の天地に、又た何事の憂きか残らん、時にふさはしき古人の詩歌など思ひ浮ぶるまに/\微吟しつ、岸の紅葉、空の白雲、映《うつ》して織れる錦の水の池に沿うて、やゝ東屋《あづまや》に近《ちかづ》きぬ、見れば誰やらん、我より先きに人の在り、聞ゆる足音に此方《こなた》を振り向きつ、思ひも掛けず、ソは山木の令
前へ 次へ
全296ページ中52ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 尚江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング