、梅子さんの胸底には若《も》し、恋《ラブ》が潜んでるのぢや無からうか」大橋は莞爾《につこ》と打ち笑み「勿論《もちろん》! 彼女の心が恋愛《こひ》の聖火に燃ゆること、抑《そ》も一朝一夕の故《ゆゑ》に非らずサ、遂《つひ》に石心木腸《せきしんもくちやう》なる井上与重の如きをして、物や思ふと問はしむる迄に至つたのだ、僕の如きは疾《とく》の昔から彼女をして義人を得、彼をして才色兼備の良婦を得せしめ給はんことを祈つて居るんだ」
「成程、さうか、何卒早く其れを見たいものだネ」
「所が、君、一《ひ》と通《とほり》のことで無いので、作者|頗《すこぶ》る苦心の体《てい》サ――さア行かう、今度は彼《あ》の菊の鮨屋《すしや》だ、諸君決して金権党の店に入るべからずだヨ」
 既にして群集《ぐんじゆ》の眸子《ぼうし》、均《ひと》しく訝《いぶ》かしげに小門の方に向へり、「オヤ」「アラ」「マア」篠田長二の筒袖姿|忽然《こつぜん》として其処に現はれしなり、
「先生|来《らい》」と学生の一群は篠田を擁して躍《をど》り行きぬ、
 お加女《かめ》夫人は遙《はるか》に之を見て顔色|忽《たちまち》ち一変せり、「まア、何と云ふヅウ/
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