れたる角筈村《つのはずむら》の、山木剛造の別荘の門には国旗|翩飜《へんぽん》たる下《もと》に「永阪教会廿五年紀念園遊会」と、墨痕《すみあと》鮮かに大書せられぬ、
数寄《すき》を凝《こ》らせる奥座敷の縁に、今しも六七名の婦人に囲まれて女王《によわう》の如く尊敬せらるゝ老女あり、何処にてか一度拝顔の栄を得たりしやうなりと、首を傾けて考一考《かういつかう》すれば、アヽ我ながら忘れてけり、昨夜芝公園は山木紳商の奥室に於て、機敏豪放を以て其名を知られたる良人《をつと》をば、小僧|同然《どうやう》に叱咤《しつた》操縦せるお加女《かめ》夫人にてぞありける、昨夜の趣にては、年に一度の天長節は歌舞伎座に蓮歩《れんぽ》を移し給ふこと何年ともなき不文憲法と拝聴致せしに、如何《いか》なる協商の一夜の中に成立したればか、耶蘇《ヤソ》の会合などへは臨席し給ひけん、
> 今日を晴れと着飾り塗り飾りたる長谷川牧師の夫人は、一ときは嬌笑《けうせう》を装ひて「奥様《おくさん》が今日御出席下ださいましたことは教会に取つて、何と云ふ光栄で御座いませう、御多用の御体で在《い》らつしやいますから、兎《と》ても六《むつ》ヶ|敷《
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