―其程《それほど》亡妻が可愛いけりや、骨でも掘つて来て嘗《しやぶ》つてるが可《い》い」
「何だ大きな声して――幾歳《いくつ》になると思ふ」と云ひさま跳《は》ね起きたる剛造の勢《いきおひ》に、
「ハイ、今年《こんねん》取つて五十三歳、旦那様に三ツ上の婆アで御座います、決して新橋あたりへ行らつしやるなと嫉妬《やきもち》などは焼きませんから」
「ナニ、ありや、已《や》むを得ん交際《つきあひ》サ」
「左様《さやう》ですつてネ、雛妓《はんぎよく》を落籍《ひか》して、月々五十円の仕送りする交際《つきあひ》も、近頃外国で発明されたさうですから――我夫《あなた》、明日の教会の親睦会《しんぼくくわい》は御免を蒙ります、天長節は歌舞伎座へ行くものと、往年《むかし》から私《わたし》の憲法なんですから」
奥殿《おくどの》の風雲|転《うた》た急なる時、襖《ふすま》しとやかに外より開かれて、島田髷《しまだまげ》の小間使|慇懃《いんぎん》に手をつかへ「旦那様、海軍の官房から電話で御座いまする」
五の一
十一月三日、天《そら》は青々と澄みわたりて、地には菊花の芳香あり、此処都会の紅塵《こうぢん》を逃
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