所で松島さんにお目に掛かつてチヤンと御約束して来たんです、念の為と思つたから、我儘《わがまゝ》育《そだち》で、其れに耶蘇《ヤソ》だからツて申した所が、松島さんの仰《お》つしやるには、イヤ外国の軍人と交際するには、耶蘇の嬶《かゝあ》の方が却《かへつ》て便利なので、元々梅子さんの容姿《きりやう》が望のだから、耶蘇でも天理教でも何でも仔細《しさい》ないツて、ほんたうに彼様《あんな》竹を割つた様なカラリとした方ありませんよ、それに兄の言ひますには、今ま此の露西亜《ロシヤ》の戦争と云ふ大金儲《おおかねまうけ》を目の前に控へてる時に、当時海軍で飛ぶ鳥落とす松島を立腹させちやア大変だから、無理にても押し付けて仕舞ふ様にツて、精々《せいぜい》伝言《ことづか》つて来たんです、我夫《あなた》、私の顔を潰《つぶ》しても可《よ》いお積《つもり》ですか」
 剛造の仮睡《そらねむり》して返答なきに、お加女《かめ》は愈々《いよ/\》打ち腹立ち「今の身分になれたのは、誰の為めだと云ふんだネ、――それを梅子のことと云へば何んでも擁護《かばひだて》して、亡妻《しんだもの》の乳母迄引き取つて、梅子に悪智恵ばかり付けさせて―
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