に嬉しげに莞爾《にこり》御笑ひ遊ばしてネ、先生、私は今も彼《あ》の時の御顔が目にアリ/\と見えるのです、其れから今度は梅子をと仰つしやいますからネ、未《ま》だ頑是《ぐわんぜ》ない三歳《みつ》の春の御嬢様を、私がお抱き申して枕頭《まくらもと》へ参りますとネ、細ウいお手に、楓《もみぢ》の様な可愛いお手をお取りなすつて、梅ちやんと一と声遊ばしましたがネ、お嬢様が平生《いつも》の様に未だ片言交《かたことまじ》りに、母ちやんと御返事なさいますとネ、――ジツと凝視《みつめ》て在《い》らしつた奥様のお目から玉の様な涙が泉の様に――」
「アヽ、思へば、先生」と老女は涙押し拭《ぬぐ》ひつ「未《ま》だ昨日の様で御座いますが、モウ二たむかし、其の時此の婆のお抱き申した赤児様《あかさま》が、今の立派な梅子さんです、御容姿《ごきりやう》なら御学問なら、御気象なら何《いづ》れ阿母《おつか》さんに立ち勝《まさ》つて、彼様《ああ》して世間《よのなか》の花とも、教会の光とも敬はれて在《い》らつしやるに、阿父《おとうさん》の御様子ツたら、まア何事で御座います、臨終《いまは》の奥様に御誓ひなされた神様への節操《みさを》が、
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