三号大法廷に開《ひらか》れぬ、堺兄に先《さきだ》ちて一青年の召集不応の故を以て審問せらるゝあり、今村力三郎君弁護士の制服を纏《まと》ひて来り、余の肩を叩いて笑つて曰く、君近日|頻《しき》りに法廷に立つ、豈《あ》に離別の旧妻に対して多少の眷恋《けんれん》を催《もよ》ほすなからんやと、誠に然り、余が弁護士の職務を抛《なげう》つてより既《すで》に八星霜、居常《きよじやう》法律を学びしことに向《むかつ》て遺憾《ゐかん》の念なきに非ざりしなり、今ま我が親友の為めに同志を代表して法廷に出づるに及び、余が不快に堪へざりし弁護士の経験が、決して無益に非ざりしことを覚り、無限の歓情《くわんじやう》禁ずべからざりし也、
既にして彼《か》の青年の裁判は終了せり、而《しか》して堺兄は日本に於ける社会主義者の代表者として「ボックス」の中に立てり、
判事の訊問あり、検事の論告あり、弁護人の弁論あり、而して午後二時公判は終了を告げぬ、
越えて十六日、判決は言ひ渡たされぬ、堺兄は軽禁錮二月に軽減せられたり、而して発行禁止の原判決は全然取り消されたり、
吾人は堺兄の為に健康を祈ると共に、「発行禁止」の悪例の破壊
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