せられたることを深く感謝せずんばあらず、
 桜花雨に散りて、人生|恨《うらみ》多《おほ》き四月の廿一日堺兄は幼児を病妻に托して巣鴨の獄に赴《おもむ》けり、而して余は自ら「火の柱」の印刷校正に当らざるべからず、是れ豈《あ》に兄が余に出版を慫慂《しようよう》し、而して余が突嗟《とつさ》之を承諾したる当夜の志《こゝろざし》ならんや、只《た》だ「刑余の徒」たるの一事のみ、兄《けい》と余と運命を同《おなじ》ふする所也、
[#ここから4字下げ]
枯川兄を送れるの日、毎日新聞社の編輯局に於て
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]木下尚江


     一の一

 時は九月の初め、紅塵《こうぢん》飜《ひるが》へる街頭には尚《な》ほ赫燿《かくやく》と暑気の残りて見ゆれど、芝山内《しばさんない》の森の下道《したみち》行く袖には、早くも秋風の涼しげにぞひらめくなる、
「ムヽ、是《こ》れが例の山木剛造《やまきがうざう》の家なんか」と、石造《せきざう》の門に白き標札打ち見上げて、一人のツブやくを、伴《つれ》なる書生のしたり顔「左様《さう》サ、陸海軍御用商人、九州炭山株式会社の取締、俄大尽《にはかだいじ
前へ 次へ
全296ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 尚江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング