泣きつ、
「其から梅子さん、私一身上の御依頼が御座いますが」と、篠田は悄然《せうぜん》として眼《まなこ》を閉ぢぬ、
「私に一人の伯母があるのです、世を厭《いと》うて秩父の山奥に孤独《ひとり》して居ります、今年既に七十を越して、尚《な》ほ钁鑠《くわくしやく》としては居りますが、一朝私の奇禍《きくわ》を伝へ聞ませうならば――」語断えて涙|滴々《てき/\》、
 梅子は耐《こら》へず膝《ひざ》に縋《すが》れり、「御安心下ださいまし――、何卒御安心下さいまし――」
 篠田は梅子の肩、両手《もろて》に抱きて「心弱きものと御笑ひ下ださいますな――アヽ今こそ此心晴れ渡りて、一点|憂愁《いうしう》の浮雲《ふうん》をも認めませぬ、――然らば梅子さん、是れでお訣別《わかれ》致します」
「――心は永久に同住《ひとつ》で御座います」
「勿論《もちろん》」

      *     *     *

 空は何時しか晴れぬ、陰暦の何日《いつか》なるらん半ば欠けたる月、槻《けやき》の巨木、花咲きたらん如き白き梢《こずゑ》に懸《かゝ》りて、顧《かへり》み勝ちに行く梅子の影を積れる雪の上に見せぬ、

     三十

 
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