る迄、旦那様に単衣《ひとへ》をお着せ申しては置きませんからネ」とハツハ/\と老女は笑ひ興ず、
「クス/\」と隣室に漏るゝ大和の忍び笑に、老女は驚いて急に口を掩《おほ》ひ「まア、先生、御免遊ばせ、年を取ると無遠慮になりまして、御無礼ばかりして自分ながら愛想が尽きましてネ」
 言ひながら、ツイと少しく膝《ひざ》乗り出だし、声さへ俄《にはか》に打ちひそめて「ほんとにまア、先生、大変なことに成つて仕舞《しま》ひましたのねエ、――昨夜もネ、井上の奥さんが先生の御羽織が出来たからつて持つていらつしやいまして、其の御話なんです、私《わたし》はネ、そんなことがあるもんですか、今《い》ま先生をそんなことが出来るもんですかつて申しました所が、井上の奥様がサウぢやない、是れ/\の話でツて、私なぞには解からぬ何か六《むづ》ヶ|敷《しい》事《こと》仰《お》つしやいましてネ、其れでモウ内相談が定《き》まつて、来月三日の教会の廿五年の御祝が済むと、表沙汰《おもてざた》にするんだと仰《お》つしやるぢやありませんか、井上の奥さんは彼《あ》ア云ふ気象の方なもんですから大変に御腹立でしてネ、カウ云ふ時に婦人会が少し威張らね
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