なつて下ださい、是れが篠田長二|畢生《ひつせい》の御願であります」
 梅子は涙|堰《せ》きも敢《あ》へず、
 隣房の時計、二ツ鳴りぬ、アヽ、
「最早《もう》、二時」と、梅子は頭《かしら》を垂れぬ、警吏の向ふべき日は、既に二時を経過せるなり、曙光《しよくわう》差し来《きた》るの時は、則《すなは》ち篠田が暗黒の底に投ぜらるべきの時なり、三年の煩悶《はんもん》を此の一夜《いちや》に打ち明かして、柔《やさ》しく嬉《うれ》しく勇ましき丈夫の心をも聴くことを得たる今は、又た何をか思ひ残さん、いざ、立ち帰りなんか、――帰りとも無し、
 胸も張り裂けんばかりの新しき苦悩を集中して、梅子は凝乎《じつ》と篠田を仰ぎ見ぬ、
 両個《ふたり》相見て言葉なし、
 良久《しばら》くして、熱涙玉をなして梅子の頬を下りぬ、彼女《かれ》は唇を噛んで俯《うつむ》きぬ、
 突如、温《あたゝか》き手は来つて梅子の右掌《めて》を緊《しか》と握れり、彼女《かれ》は総身の熱血、一時に沸騰《ふつとう》すると覚えて、恐ろしきまでに戦慄《せんりつ》せり、額を上ぐれば、篠田の両眼は日の如く輝きて直ぐ前に懸《かゝ》れり、
 篠田は一倍の力を
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