し、
 篠田が書斎の奥よりは、洋紙《かみ》を走《は》しるペンの音、深夜の寂寞《せきばく》を破りて漏《も》れ来ぬ、
 大和は襟《えり》掻き合はしつ「アヽ、先生は未《ま》だお寝《やす》みにならんのか、何か書いて居らつしやる様だ、――明日の社説かナ、否《い》や、日常《いつも》お寝《やすみ》の時間に仕事なさるのだから、他《ほか》に何か急用の書き物がおありなさるのであらう、手紙かナ、平民週報の寄書かナ、ア、左様《さう》だ、露西亜《ロシヤ》の社会民主党へ贈りなさる文章に相違無い――両国の侵略主義者が嫉妬《しつと》猜忌《さいき》して兵火に訴へようとする場合に、我々同意者は相応じて世界進歩の為めに、平和の福音《ふくいん》を鼓吹《こすゐ》せねばならぬと言うて居られたから――が、先生も実にお気の毒で堪らぬ――」
 大和は瞑目《めいもく》して大息《たいそく》せり、
「――教会を除名されなすつたなどは、別段先生の損失でもなく、寧《むし》ろ教会の愚劣と偽善を表白したに過ぎないのだが、驚いたのは鍛工《かぢこう》組合の挙動だ――先生が梅子さんと結婚なさる為めに、主義を抛棄《はうき》なさるとは、何と云ふ破廉耻《はれん
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