』と書いた瓦斯燈《ガスとう》が一道の光を放つてるヂヤないか、アヽ此の戸締もせぬ自由なる家の裡《うち》に、彼《か》の燃ゆるが如き憂国愛民の情熱を抱《いだい》て先生が、暫《し》ばしの夢に息《やす》んで居《ゐ》られるかと思へば、君、其の細きランプの光が僕の胸中の悪念を一字々々に読み揚げる様に畏《おそ》れるのだ」
「一寸お待ちなせエ、戸締の無《ね》い家たア随分不用心なものだ、何《ど》れ程貧乏なのか知らねいが」と彼の剽軽《へうきん》なる都々逸《どゝいつ》の名人は冷罵《れいば》す、
「君等に大人《たいじん》の心が了《わか》つてたまるものか」と村井は赫《くわつ》と一睨《いちげい》せり「泥棒の用心するのは、必竟《つまり》自分に泥棒|根性《こんじやう》があるからだ、世に悪人なるものなしと云ふのが先生の宗教だ、家屋の目的は雨露《うろ》を凌《しの》ぐので、人を拒《ふせ》ぐのでないと云ふのが先生の哲学だ、戸締なき家と云ふことが、先生の共産主義の立派な証拠ぢやないか」
「キヨウサンシユギつて云ふのは一体何のことかネ」と剽軽男《へうきんをとこ》は問ふ、
村井は五月蝿《うるさい》と云ひげに眉を顰《ひそ》めしが「そ
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