りや、其のあれだ、手短に言へば皆ンなで働いて皆ンなで用《つか》ふのだ、誰の物、彼の物なんて、そんな差別は立てないのだ――」
「ヘエー其奴《そいつ》ア便利だ、電車の三銭どころの話ヂヤねいや」
 頭を台湾坊主に食はれたる他の学生、帽子を以て腰掛を叩《た》きつゝ「だが、我輩は常に篠田さんが何故無妻なのかを疑ふよ」
 突然異様の新議案に羽山は真面目《まじめ》に首を傾けつ「何でも先生、亜米利加《アメリカ》で苦学して居た時に、雇主《やとひぬし》の令嬢に失恋したとか云ふことだ、先生の議論の極端過ぎるのも其の結果ヂヤ無いか知ラ」村井は首打ち振りつ、「僕は必ず社会革新の為に、一身の歓楽を犠牲にせられたのだと思ふ」
 時に例の剽軽男《へうきんをとこ》、ニユーと首を延して声を低めつ「嬶《かゝあ》も矢ツ張り共産主義ツた様な一件ヂヤ無《ね》いかナ」
 一座思はずワアツとばかりに腹を抱へぬ、鵜川老人は秘蔵の入歯を吹き飛ばせり、折から矢部《やべ》と云ふ発送係の男、頓驚《とんきやう》なる声を振り立てて、新聞|出来《しゆつたい》を報ぜしにぞ「其れツ」と一同先きを争うて走《は》せ出だせり、村井のみ悠々《いう/\》として最
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