なこ》を輝やかしつ「僕は僕の配達区域に麻布本村町《あざぶほんむらちやう》の含まれてることを感謝するよ、僕だツて雨の夜、雪の夜、霙《みぞれ》降る風の夜などは疳癪《かんしやく》も起るサ、華族だの富豪だのツて愚妄《ぐまう》奸悪《かんあく》の輩《はい》が、塀《へい》を高くし門を固めて暖き夢に耽《ふけ》つて居るのを見ては、暗黒の空を睨《にらん》で皇天の不公平――ぢやない其の卑劣を痛罵《つうば》したくなるンだ、特《こと》に近来仙台阪の中腹に三菱の奴が、婿《むこ》の松方何とか云ふ奴の為に煉瓦《れんぐわ》の建築を創《はじめ》たのだ、僕は其前を通る毎《たび》に、オヽ国民の膏血《かうけつ》を私《わたくし》せる赤き煉瓦の家よ、汝が其|礎《いしずえ》の一つだに遺《のこ》らざる時の来《きた》ることを思へよと言つて呪《のろつ》てやるンだ、けれどネ羽山、それを上つて今度は薬園阪《やくゑんざか》の方へ下つて行く時に、僕の悩める暗き心は忽《たちま》ち天来の光明に接するのだ」
 羽山は笑ひつゝ喙《くちばし》を容《い》れぬ「金貨の一つも拾つたと云ふのか」
「馬鹿言へ、古き槻《けやき》が巨人の腕を張つた様に茂つてる陰に『篠田
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