》はして面《かほ》を掩《おほ》へり、
 剛一も目を閉ぢて暫《し》ばし言葉なかりしが、「――姉さん、篠田さんも其ことを心配してでしたよ」
「エ」と梅子は頭《かしら》を擡《もた》げつ「貴郎《あなた》、篠田さんにお逢ひになつて――」其顔は赧《あか》くなれり、
「ハア、折角《せつかく》の日曜も姉さんの行《いら》つしやらぬ教会で、長谷川の寝言など聞くのは馬鹿らしいから、今朝篠田|様《さん》を訪問したのです、――非常に憤慨《ふんがい》してでしたよ」
「私の挙動《きよどう》をでせう」
「左様《さう》ぢやないです」と剛一は頭《あたま》を掉《ふ》りつ「仮令《たとひ》世界を挙げても、処女《をとめ》の貞操と交換することの出来ない真理が解らぬかツて、憤慨して居られました、何でも彼《あ》の翌日と云ふものは、警察の手を以て彼《あ》のことの新聞へ出ない様に、百方奔走をしたんださうです、日本軍隊の威信と名誉に関《かゝ》はるからと云ふんでネ――実に怪《け》しからんぢやありませんか、今の社会が言ふ所の威信とか名誉とか言ふのは何を指すのです、僕は此の根本を誤つてる威信論や名誉論を破壊し尽さぬ間は、到底《たうてい》道義人情の
前へ 次へ
全296ページ中219ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 尚江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング