座粛然たり、
「だから貴様達は馬鹿だと云ふんだ」突如落雷の如き怒罵《どば》の声は一隅より起れり、衆目《しゆうもく》驚いて之に注《そゝ》げば、未《いま》だ廿歳前《はたちぜん》らしき金鈕《きんボタン》の書生、黙誦《もくじゆ》しつゝありし洋書を握り固めて、突ツ立てる儘《まゝ》鋭き眼に見廻はし居たり、漆黒《しつこく》なる五分刈の頭髪燈火に映じて針かとも見ゆ、彼は一座|怪訝《くわいが》の面《おもて》をギロリとばかり睨《にら》み返へせり「君等は苟《いやしく》も同胞新聞の配達人ぢやないか、新聞紙は紙と活字と記者と職工とにて出来るものぢやない、我等配達人も亦《ま》た実に之を成立せしめる重要なる職分を帯《おび》て居るのである、然《しか》るに君等は我が同胞新聞の社会に存在する理由、否《い》な、存在せしめねばならぬ理由をさへ知らないとは、何たる間抜けだ、……人生の目的がわからぬとは何だ、――神も仏も無いかとは何だ、其の疑問を解きたいばかりに、同胞新聞はこゝに建設せられたのぢやないか、吾々は世の酔夢《すゐむ》に覚醒を与へんが為めに深夜、彼等の枕頭《ちんとう》に之を送達するのぢやないか、――馬鹿ツ」彼は胸を抑《
前へ
次へ
全296ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 尚江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング