君愛国と言つたやうな流行の看板を懸《か》けて行くのサ」
剛造はやをら立ち上がりつ、
「長谷川君、伝道なども少こし融通《ゆうづう》の利《き》くやうに頼みますよ、今も言ふ通り梅子の結婚談で心配して居るんだが、信仰が如何《どう》の、品行が如何のと、頑固《ぐわんこ》なことばかり言うて困らせ切つて仕舞ふのだ、耶蘇《ヤソ》でも仏でも無宗教でも構ふことは無い、男は必竟《つまり》人物にあるのだ、さうぢや無いか、一夫一婦なんてことは、日本では未《ま》だ時期が早いよ――ぢや、君、今の篠田の一件を忘れないやうに、是《こ》れで失敬する、家内《かない》の室ででも悠然《ゆつくり》遊んで行き給へ」
莨《たばこ》の煙|一抹《いちまつ》を戸口に残してスラリ/\と剛造は去りぬ、
牧師は独《ひと》り思案の腕を組みつ、
二の一
夜は十時を過ぎぬ、二等煉瓦の巷《ちまた》には行人既に稀《まれ》なるも、同胞新聞社の工場には今や目も眩《ま》ふばかりに運転する機械の響|囂々《がう/\》として、明日《あす》の新聞を吐き出だしつゝあり、板敷の広き一室、瓦斯《ガス》の火|急《せは》し気《げ》に燃ゆる下に寄り集《つど》ふ
前へ
次へ
全296ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 尚江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング