わづ》かの間でも旅と思へば、浜子、誰|憚《はば》からず、気が晴々としをるわイハヽヽヽヽ」
「ほんたうに左様《さう》で御座いますのねエ、ホヽヽヽヽ」
 人なき一室を我が世と楽《たのし》みて、又た他事もなき折こそあれ、「バタリ」響ける物音に、何事と彼方《かなた》を見れば、今しも便所の扉開きて現はれたる一客あり、陽春三月の花の天《そら》に遽然《きよぜん》電光|閃《きら》めけるかとばかり眉打ち顰《ひそ》めたる老紳士の面《かほ》を、見るより早く彼《か》の一客は、殆ど匍《は》はんばかりに腰打ち屈《かが》めつ、
「是れは/\伊藤侯爵閣下――」
 伊藤と呼ばれし老紳士は、膝《ひざ》より浜子を下ろしつゝ「ウム、山木か――」
「閣下、久しく拝謁《はいえつ》を見ませんでしたが、相変らず御盛《ごさかん》なことで恐れ入りまする」
「山木、隠居役になると、貴公等には用が無くなるからナ」
 と侯爵の冷《ひやゝ》かに笑ふを、山木剛造は額撫でつゝ「是《こ》れは閣下、決して左様な次第では御座りませぬが、――併し今日《こんにち》は誠に可《よ》い所で拝謁を得ました、実は是非共閣下の御権威《おちから》を拝借せねばならぬ義が御座
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