、秩父《ちゝぶ》暴動と云ふことは、明治の舞台を飾る小さき花輪になつて居るけれ共、其犠牲になつた無名氏の一人の遺児《かたみ》が、父母より譲受《ゆづりう》けた手と足とを力に、亜米利加《アメリカ》から欧羅巴《ヨウロツパ》まで、荒き浮世の波風を凌《しの》ぎ廻つて、今日コヽに同じ境遇の人達と隔《へだて》なく語り合つて居るのです、私の近き血縁を云へば只《たつ》た一人の伯母がある、今でも訪ふ人なき秩父の山中に孤独《ひとり》で居る、世の中は不人情なものだと断念して何《どう》しても出て来ない、――花さん、屈辱《はぢ》を言へば、貴女一人の生涯《しやうがい》ではない、只《た》だ屈辱の真味を知るものが、始めて他《ひと》を屈辱から救ふことが出来るのです」
一座しんみりと頭《かしら》を垂れぬ、
「御覧なさい、救世主として崇敬《うやま》はるゝ耶蘇《イエス》の御生涯を」と篠田は壁上の扁額《がく》を指しつ「馬槽《うまぶね》に始まつて、十字架に終り給うたではありませんか」
十五
多事多難なりける明治三十六年も今日に尽きて、今は其の夜にさへなりにけり、寺々には百八煩悩の鐘鳴り響き、各教会には除夜《ぢよや》
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