僕の崇拝して居る所の丈夫《ひと》です、僕は実に嬉しくて堪《た》まらんのです、――僕が此の父の罪悪の家に在りながら、常に心に光明を持つことの出来るのは、姉さん、貴嬢の純潔なる愛の為めです、――此上に貴嬢の理想の丈夫の口から『我が弟よ』と呼んで貰ふことが出来るならば、僕は世界に於《おい》て外に求むる所はありません」
剛一はムンズとばかりに梅子の手を握りつ「姉さん、僕は常に篠田さんの写真に向《むかつ》て『兄さん』と小声で呼んで見るんですよ」
梅子の手は震《ふる》ひぬ、
「姉さん、僕は今でも絶えず篠田さんの教《をしへ》を受けて居るんです、篠田さんに教会放逐と云ふ侮辱を与へたものは僕の父です、父の利己心です、無論其等の事を意に介する様な篠田さんぢやない、――井上でも大橋でも脱会の決心を飜《ひるが》へしたのは、篠田さんに懇々《こん/\》説諭されたからでもありますが、姉さん、篠田さんの居ない教会に、寂しく残つて居なさる貴嬢を見棄《みす》てるに忍びないと云ふのが、尤《もつと》も著しき彼等の動機なんでしたよ」
良久《しばらく》ありて、梅子は目をしばたゝきつ、「剛さん、軽卒《めつた》なことを仰しやつ
前へ
次へ
全296ページ中112ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 尚江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング