が、母親の方は非常な剣幕《けんまく》で、生涯楽隠居の金蔓《かねづる》を題無しにしたと云ふ立腹です、――女性《をんな》と云ふものは、果して此《かく》の如く残忍酷薄なものでせうか」
 丸井玉吾は鹿爪《しかつめ》らしく首傾け「成程――花ちやん何《どう》でげすな」
「丸井さん、ほんとに女性《をんな》の方が酷《ひど》いんですよ」
 篠田は首打ち振りぬ「其れが女性《をんな》の本来でせうか――必竟《ひつきやう》女性を鬼になしたる社会の罪では無いでせうか」
 丸井は禿顱《あたま》を撫《な》でぬ「御最《ごもつとも》で」
 襟かき合はせて花吉は、目を閉ぢぬ、

     十

 烏森は新春野屋の長火鉢を中に、対座したる主婦《あるじ》のお六と芸妓《げいしや》の花吉、
「ぢや、花吉、お前|何《どう》するツて云ふんだ」と、お六は簪《かんざし》もて頭掻きつゝ、顔打ちしかめ「濁水《どろみづ》稼業をして居る身の、思ふ男に添ひ遂げることの出来ない位は、お前《めえ》だつて、百も承知だらうぢやないか、是れが松島さんの奥様《おくさん》になれつて云ふのなら野暮な軍人の、おまけに昔気質《むかしかたぎ》の姑《しうと》まであるツてえから、少こし考へものなんだが、お前《めえ》、妾なら気楽なもんだあネ、厭《いや》になつたら何時でも左様《さやう》ならをキメるまでサ――大洞《おほほら》さんもサウ仰《おつ》しやるんだよ、決して長くとは言はない、露西亜《ロシヤ》の戦争《いくさ》が何方《どつち》とも定《き》まるまでの所、厭《いや》でもあらうが花ちやんに、放鳥の機嫌《きげん》を取つて貰はにやならないのだからつて――私《わたし》だつて、赤児《あかんぼ》の時から手塩にかけたお前《めえ》のことだもの、厭だつてもの無理にと言ひたかないやね、けれど平素《いつも》利益《ため》になつてる大洞さんのお依頼《たのみ》と云ひ、其れにお前も知つての通りの、此の歳暮《くれ》の苦しさだからこそ、カウやつて養女《わがこ》の前へ頭を下げるんぢやないか、お前《めえ》是れでも未だ解からねえのかエ」
 花吉はがツくり島田の寝巻姿《ねまきすがた》、投げかけし体《からだ》を左の肱《ひぢ》もて火鉢に支《さゝ》へつ、何とも言はず上目遣《うはめづか》ひに、低き天井、斜《なゝめ》に眺めやりたるばかり、
 お六は煙草|燻《くゆ》らしつ、「一昨日《をとゝひ》の晩も『浪の家』から、
前へ 次へ
全148ページ中49ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 尚江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング