――私も百方慰め励まして、無分別のこと仕ない様に注意して、丁度《ちやうど》、夜の十時過、老母《ばゝ》が待つてるからと、帰つて行きましたが、翌朝新聞を見ますると、職工の芸妓殺《げいぎころし》と云ふ二号|題目《みだし》の二版がある、――アヽ、何故《なぜ》無理にも前夜一泊させなかつたかと、実に悔恨《くわいこん》の情に堪へませんでした」
篠田は暫《しば》らく瞑目《めいもく》しつ「昨日も監獄へ参つて面会致しましたが、彼れも実に夢の様であると申して居ました、――何でも西本願寺辺まで来ました時が、既に十二時近くであつたさうですが、何《いづ》れの家も寝静まつた深夜の、寂寞《せきばく》の月を践《ふ》んで来るのが、小米である、ハタと行き当つたので、兼吉の方から名を呼びかけると、婦人《むかふ》は『イヽエ、米《よね》ではありません、米は最早《もう》死んで仕舞ひました、是れは迷つてる米の幽霊です』と云つて面《かほ》をそむけて仕舞《しま》つたさうです、兼吉の言ひますに、其れ迄は記憶して居るが後は何《どう》したか少しも覚えない、不図《ふと》気が付いて見ると、自分は左腕《ひだり》で血に染まつた小米の屍骸《しがい》を仰《あふむ》けに抱いて、右手に工場用の大洋刀《おほナイフ》を握つて居たと云ふのです」
ジツと聴き居たる花吉は窃《そつ》と涙を拭《ぬぐ》ひつ身を顛《ふる》はして、
「彼晩《あのばん》は貴下《あなた》、香雪軒で桂さんだの、曾禰《そね》さんだのツて大臣さん方の御座敷でしてネ、小米さんが大盃《コツプ》でお酒をグイ飲みするんですよ、あんなことは今まで一度も無いのですから、何《どう》したんだらうつて皆《みん》な不思議がつて居ましたの、少こし酔つたから風に吹かれた方が可《い》いつて、無理に車を返へしましてネ、一人で歩いて帰つたんですよ、――きつとあれから門跡様《もんぜきさま》へ参詣《おまゐり》したのです、何事も前世からの約束ですワねエ」
「承れば先生、兼吉の老母《おふくろ》を御世話なされまするさうで、恐れ入りました御心掛で」
「イヤ、世話致すなど申す程のことも出来ませんが、此際先づ男の家《うち》と、女の家《うち》を調和させたいと思ひましたが、丸井さん、実に不思議ですなあ、小米の父親は涙に暮れまして、是《こ》れと申すも手前共の悪るかつたからで、聊《いさゝ》か兼吉を怨む筋は無いと悔《く》いて居りまする
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