あた》りになりましても、貴嬢《あなたさま》ばかりには一目《いちもく》置いて居《いら》したのが、彼《あ》の晩の御剣幕たら何事で御座います、父子《おやこ》の縁も今夜限だと大きな声をなすつて、今にも貴嬢《あなた》を打擲《ちやうちやく》なさるかと、お側に居る私さへ身が慄《ふる》ひました――それに奥様の悪態を御覧遊ばせ、恩知らずの、人非人《にんぴにん》の、何《なん》の角《か》のと、兎《と》ても口にされる訳のものでは御座いませぬ、私でさへ彼《あ》の唇《くち》を引ツ裂いてあげたい程に思ひましたもの、貴嬢《あなたさま》能く御辛抱なされました――其れがマア、不審では御座いませぬか、一週間|経《た》つや経たずに、貴嬢をお連れなすつての宮寺《みやでら》詣《まゐ》り――貴嬢をお伴《つ》れ遊ばして奥様の御遊山《ごゆさん》は、私初めてお見受け申すので御座いますよ、是れはお嬢様、上野浅草は託《かこつけ》で、大洞様の御別荘が目的《めあて》に相違御座いません、今夜の橋場が、私、誠に心懸りで――何《どう》やら永い訣別《おわかれ》にでもなる様な気が致しまして――」
 梅子はジツと瞑目《めいもく》してありしが「婆や、其れ程迄に思つてお呉れのお前の親切は、私、嬉しいとも恭《かたじけ》ないとも言葉には尽くされないの、けれど私、何も今日|死《しに》に行くと云ふぢやなし」
 聊《いさゝ》か躊躇《ちうちよ》せる梅子は、思ひ返へしてホヽと打ち笑み「そりや、婆《ばあ》や、お前が日常《いつも》言ふ通り、老少不常なんだから、何時《いつ》如何《どんな》ことが起るまいとも知れないが、然《し》かし左様《さう》心配した日には、家《うち》の中にも居られなからうぢやないかネ、――多分遅くならうと思ふから婆や、何卒《どうぞ》先きに寝てお呉れよ、寒いからネ」
 老婆は歔欷《きよき》して言語《ことば》なし、
 開きかゝりてありし襖《ふすま》の間《あひ》より下女の丸き赭面《あからがほ》現はれて「お嬢様、奥様が玄関で御待ち兼ねで御座んす」
「オ、左様《さう》でせうネ」と急ぎ行かんとする梅子の袂に、老婆は縋《すが》りつ、「――お嬢様、――お慎深《つゝしみぶか》い貴嬢《あなたさま》へ、申すもクドいやうで御座いますが――何卒お気を着けなすつて下さいまし――御待ち申して居りますよ――」
 仰ぎたる老婆の面《かほ》は、滲々《さん/\》たる涙の雨に濡《ぬ》
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