い》て注意する所なりしが、鍛工組合に放ても内々調査したりし結果、一昨夜を以て臨時総会を開き、彼に露探の嫌疑《けんぎ》充分なりとの故を以て審判委員五名を選定せり
[#ここで字下げ終わり]
「机の塵」「隣の噂」など云へる戯文欄に於て揶揄《やゆ》、冷評を加へしも少からず「基督教徒《キリストけうと》の非国家的思想」テフ大標題を掲げて、基督教は売国教なる所以《ゆゑん》を痛論せる仏教主義の新聞もあり、
二十
山木剛造の玄関には二輌の腕車《わんしや》、其の轅《ながえ》を揃《そろ》へて、主人《あるじ》を待ちつゝあり、
化粧室なる大玻璃鏡《すがたみ》の前には、今しも梅子の衣紋《えもん》正して立ち出でんとするを、其の後姿仰ぎてありし老婆の声|湿《うる》ませつ「では、お嬢様、何《どう》でも行《いら》つしやるので御座いますか――斯様《こんな》こと申したらば、老人《としより》の愚痴《ぐち》とお笑ひ遊ばすかも知れませぬが、何となく今日《こんにち》に限つて胸騒ぎが致しましてネ――」
梅子は玻璃鏡《かがみ》に映れる老婆の影をながめて微笑しつ「婆や、私だつて、今日此頃外へ出るなど少しも好みはしませんがネ、折角《せつかく》母様がお誘ひ下ださるのだから、御伴《おとも》するんです――けれど、婆や、別に心配なこと無いぢやないかネ」
「いゝえ、お嬢様、上野浅草へ行《いら》しやるのを、心配とも何とも思ひは致しませんが――帰途《かへり》に大洞《おほほら》様の橋場の御別荘へ、お寄りなさると仰《おつ》しやるぢや御座いませんか」
「左様《さう》よ」
「サ、それが、お嬢様、何となく心懸《こゝろがか》りなので御座います」
「何故《なぜ》――婆や」
老婆は垂頭《うなだれ》て語《ことば》なし、良久《しばらく》ありて「近頃、奥様の御容子《ごようす》が、何分《どうも》不審なので御座いますよ、先日旦那様が御帰京《おかへり》になりました晩、伊藤侯が図《はか》らずも媒酌人《ばいしやくにん》に為《な》つて下ださるからとのお話で、大勲位の御媒酌なんて有難いことは無いと、奥様も大層な御歓喜《およろこび》で在《いら》しつたで御座いませう、其れをお嬢様、貴嬢がキツパリ御断《おことわり》になつたもんですから……御両所《おふたり》の彼《あ》の御立腹は如何《いかが》で御座いました、旦那様は随分|他人《ひと》には酷《ひど》くお衝《
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