配するに及ぶまい、日露戦争に反対するのだから、即《すなは》ち売国奴《ばいこくど》と言ふべきものでは無いか」
牧師は額押へて謹聴し居たりしが、やがて少しく頭を揚げつ「――一々御同感で御座りまするので――が、何分にも御承知の如き尋常《なみ/\》ならぬ男なので御座りまするから、執事等も陰では皆な苦慮致し居りまするものの、誰も言ひ出し兼ねて居るので御座ります――如何《いかが》で御座りませう、御足労ながら貴方から一言教会へ直接に御注意下さりましては、多分一同待ち望んで居ることと思はれまするので――」
「私《わし》が教会などへ行つて居《を》れると思ふか」と、剛造は牧師を睨《にら》みつ「私《わし》は体の代りに黄金《かね》を遣《や》つてある筈《はず》だ――イヤ、牧師ともあるものが左様《さやう》に優柔不断ならば、私の方にも心得がある、子女等《こどもら》も向後一切教会へは足踏みもさせないことに仕《し》よう」
「ア、山木さん、御立腹では恐れ入りまする」と、牧師は周章《あわただ》しく剛造をなだめ、
「宜《よろ》しう御座りまする、私《わたくし》も兼ねて其の心得で居りましたのですから、早速執事等とも協議の上、至急|御挨拶《ごあいさつ》に及ぶで御座りませう」
「ウム、ぢや、早速|左様《さう》云ふことに」
剛造の面《かほ》和《やはら》ぎたるに、牧師もホとばかりに胸撫で下ろしつ、
「ツイ失念致し居りまして御座りまするが、京都育児慈善会から貴方へ厚く御礼申上げ呉れる様にと精々申して参りました、沢山《たくさん》に義揖《ぎえん》を御承諾下ださいましたので、京阪地方の富豪を説くにも誠に好都合になりましたさうで、我国でのモルガン、ロックフェラアと言《いふ》べきであらうなど、非常に貴方を称讃して寄越《よこし》まして御座りまする」
「なに、ロックフェラアか、いや、ロックフェラアも近頃の不景気では思ふ様に慈善も出来ない」と、剛造は反《そ》り返つて呵々《かゝ》と大笑せり、
牧師も愈々《いよ/\》笑《ゑみ》傾《かたむ》け「新聞で拝見致しましたが、今回九州地方の石炭会社の同盟して露西亜《ロシヤ》へ石炭販売を禁止なされたのも、貴方《あなた》の御発意と申すことで、実業界から斯《か》かる愛国の手本が出ますると云ふのは、実に近来の快事で御座りまする」
「ハヽヽヽヽ」と剛造は一《ひ》ときは高笑ひ「商売にしてからが、矢ツ張り忠
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