けてお入れした昨夜の過失を思うと、気も失うばかりになったが、しいて冷静になろうとした。もう今になってはどんなに騒ぎ立てても効《かい》のないことであって、しかも御身分に対して失礼である。あの二条の院の短い時間にさえ深い御執心をあそばすふうの見えたのも、こんなにならねばならぬ二人の宿縁というものであろう、人間のした過失とは言えないことであるとみずから慰めて、
「今日は御自宅のほうからお迎いの車がまいることになっておりますのに、姫君はどうあそばすおつもりでいらっしゃるのでございましょう。こういたしました運命の現われにつきましては、私らが何を申すことができましょう。ただこの場合がよろしくございません。今日はお帰りあそばしまして、お志がございましたなら、また別なよい日をお待ちくださいまし」
 と申し上げた。世なれたふうに言うものであると思召して、
「自分は長い物思いに頭がぼけているから、人がどんな非難をしてもかまわぬ気になっている。どうしても別れて帰れないのだ。少しでも自重心が残っていれば自分のような身分の者が、これはできることと思うか。どこかへ行く迎えの車が来た時には急に謹慎日になったとでも言えばいいではないか。秘密はだれのためにも護《まも》らなければならないと考えてくれ。それよりほかのことは皆自分にできないことなのだよ」
 こうお言いになり。この相手から覚えさせられる愛着の強さをみずからお悟りになる宮は、非難も正義も皆お忘れになった。
 右近がお帰りを促している人らのほうへ出て行き、宮はこうこうお言いになると言い、
「そんなことはおよろしくないことですということをあなたがたからまた申し上げてみてください。こうした無理なことを最初仰せになりました時に、あなたがたがそれをお諫《いさ》めにならなかったとはどうしたことでしょう。愚かしくどうしてお言葉どおりに御案内しておいでになったのでしょう。途中でもここでも失礼なことを申し上げる人間が出て来ましたらどんなことになったでしょう」
 とたしなめた。内記は予想したとおりに事態がめんどうになったと思いながら立っていた。
「時方とおっしゃるのはどなたですか」
「私です」
 大内記時方は笑いながら、
「ひどいお叱《しか》りですから恐ろしくて、私でないと言って逃げ出そうかと思いました。それは冗談《じょうだん》ですが、まじめに申し上げれば、あま
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