もなってとよいほうへと空想を進めるのであったが、また反省してみて、自分の願いは実現が困難なことである、あの高貴さと、あの風采《ふうさい》の備わった大将は、もっともっと資格の完全な人を愛するはずである、顧みられる価値が姫君にあるかどうかは疑わしい。世間を見ると、容貌と性情は尊卑の階級によって自然に備わるものらしい。自分の子供たちの中に、だれ一人姫君に近い容貌《ようぼう》を持つ者がないではないか、少将は家ではすぐれた美男のように良人《おっと》などは見、自分ももとはそう思っていたのが、兵部卿の宮とお見くらべした時に、つまらなさを知ったということからでも推理していくことができるのである。現代の帝王の御秘蔵の内親王を妻にしている人の、いま一人の妻に姫君を擬してみるのは恥ずかしいと、こんなことを考えていくと、しまいには頭も茫《ぼう》としてくるのであった。
 仮り住居《ずまい》にいる姫君は退屈していた。庭の草も目ざわりになるばかりできたないし、東国なまりの男たちばかりが出入りする人影であったし、慰めになる花はなかったし、落ち着かぬ所に晴れ晴れしからず暮らしている若い姫君の心には、宮の夫人が恋しく思われてならなかった。闖入《ちんにゅう》しておいでになった宮の御様子もさすがに思い出されて、内容はこまごまともわからなかったものの身にしむお話しぶりでいろいろと自分へお告げになったことがあった、お帰りになったあとで周囲に残っていたかんばしいにおいがまだ今も自分の身に残っている気がして、恐ろしい思いをしたことさえ姫君は追想された。母のほうからはしみじみと情のこもった手紙が送って来られた。こんなにも愛してくれる母に心配ばかりをかける自身の運命が悲しくて姫君は泣いてしまった。
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馴《な》れないあなたの日送りはどんなにつれづれかと思います。しばらくしんぼうをしていらっしゃい。
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 とも書かれてあった、返事に、
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退屈なことなどはなんでもありません。かえって今が気楽でよいという気もします。

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ひたぶるに嬉《うれ》しからまし世の中にあらぬ所と思はましかば
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 と姫君は書いた。この歌の幼稚な表現にも母の夫人はほろほろと泣いて、こんなに漂泊人《さすらいびと》のようにさせておく親の無力さが悲しくなり、

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うき世にはあらぬ所を求めても君が盛りを見るよしもがな
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 歌らしくもないこんな歌をよみ、親子はそうした贈答を心の慰めにした。
 例年のように秋のふけて行くころになれば、寝ざめ寝ざめに故人のことばかりの思われて悲しい薫は、御堂《みどう》の竣成したしらせがあったのを機に宇治の山荘へ行った。かなり久しく出て来なかったのであったから、山の紅葉《もみじ》も珍しい気がしてながめられた。毀《こぼ》ったあとへ新たにできた寝殿は晴れ晴れしいものになっているのであった。簡素に僧のように八の宮の暮らしておいでになった昔を思うと、その方の恋しく思われる薫は、改築したことさえ後悔される気になり、平生よりも愁《うれ》わしいふうであたりをながめていた。当時の山荘の半分は寺に似た気分が出ていたが、半分は繊細に優しく女王《にょおう》たちの住居《すまい》らしく設備《しつら》われてあったのを、網代屏風《あじろびょうぶ》というような荒々しい装飾品は皆薫の計らいで御堂の坊のほうへ運ばせてしまい、そして風雅な山荘に適した道具類を別に造らせて、ことさら簡素に見せようともせず、きれいに上品な貴人の家らしく飾らせてあった。小流れのそばの岩に薫は腰を掛けていたが、その座は離れにくかった。

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絶えはてぬ清水《しみず》になどかなき人の面影をだにとどめざりけん
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 と歌い、涙をふきながら弁の尼の室《へや》のほうへ来た薫を、尼は悲しがって見た。座敷の長押《なげし》へ仮なように身体《からだ》を置いて、御簾《みす》の端を引き上げながら薫は話した。弁の尼は几帳《きちょう》で姿を包んでいた。薫は話のついでに、
「あの話の人ね、せんだって二条の院に来ていられると聞いていましたがね、今さら愛を求めに歩く男のようなことは私にできなくて、そのままにしていますよ。やはりこの話はあなたから言ってくださるほうがいい」
 人型《ひとがた》の姫君のことを言いだした。
「この間あのお母様から手紙がまいりました。謹慎日の場所を捜しあぐねて、あちらこちらとお変わらせしていますってね。そして現在もみじめな小家などにお置きしているのがおかわいそうなのですが、もう少し近い所ならお住ませするのにそちらは最も安心のできる所と思いますが、荒い山路《やまみ
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