惑な自分らしいと気をめいらせているのがかわいそうに見えた。親の心にはまして不憫《ふびん》で、もったいないほど美しいこの人を、その価値にふさわしい結婚がさせたいと思う心から、二条の院でのできごとのようなことが噂《うわさ》になり、その名の傷つけられるのを残念がっているのであった。聡明《そうめい》な点もある女ながらすぐ腹をたてるわがままなところも持つ女なのである。守《かみ》の本宅のほうにも隠して住ませておくことはできたのであるが、そうしたみじめな起居《おきふし》はさせたくないとして別居をさせ始めたのであって、生まれてからずっといっしょにばかりいた母と子であるため、双方で心細く思い、悲しがっているのである。
「ここはまだよくでき上がっていないで、危険でもある家ですからね、よく気をおつけなさい。宿直《とのい》をする侍のことなども私はよく命じておきましたけれど、まったく安心はできない。でも家のほうで腹をたてたり、恨んだりする人がありますから帰りますよ」
 泣く泣く母は帰って行った。
 婿の少将の歓待を最も大事なこととしている守《かみ》は、妻がいっしょに家にいてしないのを怒《おこ》るのである。夫人は不愉快で、この少将のために姫君の身に災難も降りかかることになったと、だれよりも愛する子のことであったから、反感ばかりがその男に持たれて、気を入れた世話などはできなかった。二条の院の宮の御前でみすぼらしく見た時から軽蔑《けいべつ》する気になった夫人であったから、姫君の婿として大事に扱ってみたいなどと好意を持ったことは忘れていた。家ではどんなふうに見えるであろう、まだ自家の中で打ち解けた姿をしているところを自分は見なかったと思い、少将がくつろいでいる昼ごろに今では守《かみ》の愛嬢の居室《いま》に使われている西座敷へ来て夫人は物蔭《ものかげ》からのぞいた。柔らかい白綾《しろあや》の服の上に、薄紫の打ち目のきれいにできた上着などを重ねて、縁側に近い所へ、庭の植え込みを見るために出てすわっている姿は、決して醜い男だとは見えない。娘は未完成に見える若さで、無邪気に身を横たえていた。母の目には兵部卿《ひょうぶきょう》の宮が夫人と並んでおいでになった時の華麗さが浮かんできて、どちらもつまらぬ夫婦であるとまた思った。そばにいる女房らに冗談《じょうだん》を言っている余裕のある様子などをながめていると、この間のように美しい気《け》もない男とは見えないため、二条の院でのぞいた時のは他の少将であったかと思う時も時、
「兵部卿の宮のお邸《やしき》の萩《はぎ》はきれいなものだよ。どうしてあんな種があったのだろう。同じ花でも枝ぶりがなんというよさだったろう。この間伺った時にはもうすぐお出かけになる時だったから折っていただいて来ることができなかったよ。その時『うつろはんことだに惜しき秋萩に』というのをお歌いになった宮様を若い人たちに見せたかったよ」
 と言うではないか。そして少将は自身でも歌を作っていた。あの利己心をなまなましく見せた時のことを思うと人とも見なされない男で、はなはだしく幻滅を感じさせた男に、ろくな歌はできるはずもないと母はつぶやかれたのであるが、そうまでも軽蔑してしまうことのできぬふうはさすがにしているため、どう答えるかためそうと思い、

[#ここから2字下げ]
しめゆひし小萩が上もまよはぬにいかなる露にうつる下葉ぞ
[#ここで字下げ終わり]

 と取り次がせてやると、少将は姑《しゅうとめ》を気の毒に思って、

[#ここから1字下げ]
「宮城野《みやぎの》の小萩がもとと知らませばつゆも心を分かずぞあらまし
[#ここで字下げ終わり]

 そのうち自身でこの申しわけをさせていただきましょう」
 と返事を伝えさせた。八の宮のことを聞いて知ったらしいと思うと、いっそうその娘が大事に思われ、どうして他の子などといっしょに扱われようと考えられる母であった。理由もなくこの時に薫《かおる》の面影が目に見えてきて、心の惹《ひ》かれる思いがした。同じように美貌《びぼう》でおありになるとは宮を思ったが、こうした憧憬《どうけい》を持って思うことはできない。娘を侮って無法に私室へ闖入《ちんにゅう》あそばされた方であると思うとくちおしいのである。大将は娘に興味を持っておいでになりながら直接に恋の手紙を送ろうともせず、表面はあくまで素知らぬ顔で通しているのも階級的な差別に因《もと》づくと思われるのはつらいがりっぱな態度であるなどと、母親は薫にばかり好感の持たれる自分を認め、若い姫君はまして二人の貴人を比較して見て大将に心の傾くことであろうと思われる。姫君の婿にしようなどと少将のような無価値な男を思ったことが自分にあったのが恥ずかしいなどと母は姫君についての物思いばかりをし続け、ああもして、こう
前へ 次へ
全23ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング