ある。女でいてこの人を愛せずにおられるはずもなく、鏡を見てみずから慢心をせぬわけもなかろうとわが子ながらもお思いになる院でおありになった。
 昼近くなって大将は三条の家へ帰ったのであった。家へはいるともうすぐに何人もの同じほどの子供たちがそばへまつわりに来た。夫人は帳台の中に寝ていた。大将がそこへ行っても目も見合わせようとしない。恨めしいのであろう、もっともであると夕霧も知っているのであるが、気にとめぬふうをして夫人の顔の上にかかった夜着の端をのけると、
「ここをどこと思っておいでになったのですか。私はもう死んでしまいましたよ。平生から私のことを鬼だとお言いになりますから、いっそほんとうの鬼になろうと思って」
 と夫人は言った。
「あなたの気持ちは鬼以上だけれど、あなたの顔はそうでないから私はきらいになれないだろう」
 何一つやましいこともないようにこんな冗談《じょうだん》を言う良人《おっと》を夫人は不快に思って、
「美しい恋をする人たちの中に混じって生きていられない私ですから、どんな所でも行ってしまいます、もうあなたの念頭になぞ置かれたくない。長くいっしょにいたことすら後悔しているのですから」
 と言って、起き上がった夫人の愛嬌《あいきょう》のある顔が真赤《まっか》になっていて一種の魅力をもっていた。
「子供らしく始終腹をたてる鬼だから、もう見なれて怖《おそ》ろしい気はしなくなった。少し恐ろしいところを添えたいね」
 と良人が冗談事《じょうだんごと》にしてしまおうとするのを、
「何を言っているのですか。おとなしく死んでおしまいなさいよ。私も死にますよ。いろんなことを聞いているとますますあなたがいやになりますよ。置いて死ねばまたどんなことをなさるかと気がかりだから」
 と腹をたてるのであるが、ますます愛嬌の出てくる夫人を夕霧は笑顔《えがお》で見ながら、
「近くで見るのがいやになっても、私の噂を無関心には聞かないでしょう。あなたはどんなに二人の宿縁の深いかを知らすために、私を殺して自分も死のうというのですね。二人の葬儀をいっしょにしてもらうというような約束は前にしてあったのだからね」
 大将はまだ夫人の嫉妬《しっと》に取り合わないふうをして、いろいろにすかしたり、なだめたりしていると、若々しく単純な性質の夫人であるから、良人の言葉はいいかげんな言葉であると思いながらも
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