しっと》の影がさしているとばかり院はお思いになった。昼の座敷でしばらくお寝入りになったかと思うと、蜩《ひぐらし》の啼《な》く声でお目がさめてしまった。
「ではあまり暗くならぬうちに出かけよう」
と言いながら院がお召しかえをしておいでになると、
「『月待ちて』(夕暮れは道たどたどし月待ちて云々《うんぬん》)とも言いますのに」
若々しいふうで宮がこうお言いになるのが憎く思われるはずもない。せめて月が出るころまででもいてほしいとお思いになるのかと心苦しくて、院はそのまま仕度《したく》をおやめになった。
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夕露に袖《そで》濡《ぬ》らせとやひぐらしの鳴くを聞きつつ起きて行くらん
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幼稚なお心の実感をそのままな歌もおかわいくて、院は膝《ひざ》をおかがめになって、
「苦しい私だ」
と歎息《たんそく》をあそばされた。
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待つ里もいかが聞くらんかたがたに心騒がすひぐらしの声
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などと躊躇《ちゅうちょ》をあそばしながら、無情だと思われることが心苦しくてなお一泊してお行きになることにあそばされた。さ
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