すがにお心は落ち着かずに、物思いの起こる御様子で晩饗《ばんさん》はお取りにならずに菓子だけを召し上がった。
まだ朝涼《あさすず》の間に帰ろうとして院は早くお起きになった。
「昨日の扇をどこかへ失ってしまって、代わりのこれは風がぬるくていけない」
とお言いになりながら、昨日のうたた寝に扇をお置きになった場所へ行ってごらんになったが、立ち止まって目をお配りになると、敷き物のある一所の端が少し縒《よ》れたようになっている下から、薄緑の薄様《うすよう》の紙に書いた手紙の巻いたのがのぞいていた。何心なく引き出して御覧になると、それは男の手で書かれたものであった。紙の匂《にお》いなどの艶《えん》な感じのするもので、骨を折った巧妙な字で書かれてあった。二重ねにこまごまと書いたのをよく御覧になると、それは紛れもない衛門督《えもんのかみ》の手跡であった。院のお座の所で鏡をあけてお見せしている女房は御自分の御用の手紙を見ておいでになるものと思っていたが、小侍従[#「小侍従」は底本では「小待従」]がそれを見た時、手紙が昨日の色であることに気がついた。胸がぶつぶつと鳴り出した。粥《かゆ》などを召し上がる院
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