恋しく、現在のことが身に沁《し》んでお思われになった。中納言の君がお見送りをするために妻戸をあけてすわっている所へ、いったん外へおいでになった院が帰って来られて、
「この藤《ふじ》と私は深い因縁のある気がする。どんなにこの花は私の心を惹《ひ》くか知っていますか。私はここを去って行くことができないよ」
 こうお私語《ささやき》になったままで、なお花をながめて立ち去ろうとはなされないのであった。山から出た日のはなやかな光が院のお姿にさして目もくらむほどお美しい。この昔にもまさった御|風采《ふうさい》を長く見ることのできなかった尚侍が見て、心の動いていかないわけはないのである。過失のあったあとでは後宮に侍してはいても、表だった后《きさき》の位には上れない運命を負った自分のために、姉君の皇太后はどんなに御苦労をなすったことか、あの事件を起こして永久にぬぐえない悪名までも取るにいたった因縁の深い源氏の君であるなどとも尚侍は思っていた。名残《なごり》の尽きぬ会見はこれきりのことにさせたくないことではあるが、今日の六条院が恋の微行《しのびあるき》などを続いて軽々しくあそばされるものでもないと思われた
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