。院はこの邸《やしき》における人目も恐ろしく思召《おぼしめ》されたし、日が昇《のぼ》っていくのにせきたてられるお気持ちも覚えておいでになった。廊の戸口の下へ車が着けられて、供の人たちもひそかなお促し声もたてた。院は庭にいた者に長くしだれた藤の花を一枝お折らせになった。

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沈みしも忘れぬものを懲りずまに身も投げつべき宿の藤波
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 と歌いながら院はお悩ましいふうで戸口によりかかっておいでになるのを、中納言の君はお気の毒に思っていた。尚侍は再び作られた関係を恥じて思い乱れているのであったが、やはり恋しく思う心はどうすることもできないのである。

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身を投げん淵《ふち》もまことの淵ならで懸《か》けじやさらに懲りずまの波
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 と女は言った。青年がするような行動を院は御自身も肯定できなくお思いになるのであるが、女の情熱の冷却してはいないことがうれしくて、またの会合を遂げうるようによく語っておゆきになった。昔も多くの中のすぐれた志で愛しておいでになりながら、やむなくお別れになった仲に、この一夜があったあ
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