ては、あなたのこの冷たさが恨めしく思われてなりませんよ」
と、院はお恨みになった。夜はふけにふけてゆく。池の鴛鴦《おしどり》の声などが哀れに聞こえて、しめっぽく人けの少ない宮の中の空気が身にお感じられになり、人生はこんなに早く変わってしまうものかと昔の栄華の跡の邸《やしき》がお思われになると、女の心を動かそうとして嘘《うそ》泣きをした平仲《へいちゅう》ではなくて真実の涙のこぼれるのをお覚えになった。昔に変わってあせらず老成なふうに恋を説きながら、
「これはいつまでもこのままにしておくことになるのですか」
と言って、襖子を引き動かしたまうのであった。
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年月を中に隔てて逢坂《あふさか》のさもせきがたく落つる涙か
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院がこうお言いになっても、
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涙のみせきとめがたき清水《しみづ》にて行き逢ふ道は早く絶えにき
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というようなかけ離れた返辞を女はするにすぎなかったが、昔を思ってはだれが原因になってこの方は遠い国に漂泊《さすら》っておいでになったか、一人で罪をお負いになったこの方に、冷たい
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