お返事をどう聞き違えて申し上げたのだろう」
尚侍は機嫌《きげん》を悪くしたが、
「いいかげんな口実を作りましてお帰しいたすことなどはもったいないことでございましょう」
と中納言の君は言って、無理な計らいまでして院を座敷へ御案内してしまった。院は見舞いの挨拶《あいさつ》などをお取り次がせになったあとで、
「ただここに近い所へまで出てくだすって、物越しでもお話しくださいませんか。今日はもう昔のような不都合なことをする心を持っていませんから」
こう切に仰せられるので、尚侍はひどく歎息《たんそく》をしながら膝行《いざっ》て出た。だからこの人は軽率なのであると、満足を感じながらも院は批評をしておいでになった。これは二人にとって絶えて久しい場面であった。遠い世の思い出が女の心によみがえらないことでもないのである。東の対であった。東南の端の座敷に院はおいでになって、隣室の尚侍のいる所との間の襖子《からかみ》には懸金《かねがね》がしてあった。
「何だか若者としての御待遇を受けているようで、これでは心が落ち着かないではありませんか。あれからどれだけの年月、日は幾つたつということまでも忘れない私とし
前へ
次へ
全131ページ中63ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング