おできにならないのでございます」
と、乳母《めのと》が話した。
「悪い天気でしたからね。こちらで宿直《とのい》をしてあげたかったのだが、宮様が心細がっていらっしゃったものですからあちらへ行ってしまったのです。お雛《ひな》様の御殿はほんとうにたいへんだったでしょう」
女房たちは笑って言う、
「扇の風でもたいへんなのでございますからね。それにあの風でございましょう。私どもはどんなに困ったことでしょう」
「何でもない紙がありませんか。それからあなたがたがお使いになる硯《すずり》を拝借しましょう」
と中将が言ったので女房は棚《たな》の上から出して紙を一巻き蓋《ふた》に入れて硯といっしょに出してくれた。
「これはあまりよすぎて私の役にはたちにくい」
と言いながらも、中将は姫君の生母が明石《あかし》夫人であることを思って、遠慮をしすぎる自分を苦笑しながら書いた。それは淡紫の薄様《うすよう》であった。丁寧に墨をすって、筆の先をながめながら考えて書いている中将の様子は艶《えん》であった。しかしその手紙は若い女房を羨望《せんぼう》させる一女性にあてて書かれるものであった。
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