もかえってお喜びになるような事がお有りのはずに、チラと承りました、しかし宅《たく》は必ず伺《うかが》わせますよう致《いた》しましょう、と請合《うけあ》ってくれた。同じ立場に在る者は同じような感情を懐《いだ》いて互によく理解し合うものであるから、中村の細君が一も二も無く若崎の細君の云う通りになってくれたのでもあろうが、一つには平常《いつも》同じような身分の出というところからごくごく両家が心安くし合い、また一つには若崎が多くは常に中村の原型によってこれを鋳《い》ることをする芸術上の兄弟分《きょうだいぶん》のような関係から、自然と離《はな》れ難《がた》き仲になっていた故もあったろう。若崎の細君《さいくん》はいそいそとして帰った。

     ○

 顔も大きいが身体《からだ》も大きくゆったりとしている上に、職人上りとは誰にも見せぬふさふさとした頤鬚《あごひげ》上髭《うわひげ》頬髯《ほおひげ》を無遠慮《ぶえんりょ》に生《は》やしているので、なかなか立派に見える中村が、客座にどっしりと構えて鷹揚《おうよう》にまださほどは居ぬ蚊《か》を吾家《うち》から提《さ》げた大きな雅《が》な団扇《うちわ》で緩
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