《ゆる》く払《はら》いながら、逼《せま》らぬ気味合《きみあい》で眼のまわりに皺《しわ》を湛《たた》えつつも、何か話すところは実に堂々として、どうしても兄分である。そしてまたこの家《や》の主人に対して先輩《せんぱい》たる情愛と貫禄《かんろく》とをもって臨んでいる綽々《しゃくしゃく》として余裕《よゆう》ある態度は、いかにもここの細君をしてその来訪を需《もと》めさせただけのことは有る。これに対座している主人は痩形《やせがた》小づくりというほどでも無いが対手《あいて》が対手だけに、まだ幅《はば》が足らぬように見える。しかしよしや大智深智《だいちしんち》でないまでも、相応に鋭《するど》い智慧《ちえ》才覚が、恐《おそ》ろしい負けぬ気を後盾《うしろだて》にしてまめに働き、どこかにコッツリとした、人には決して圧潰《おしつぶ》されぬもののあることを思わせる。
 客は無雑作《むぞうさ》に、
「奥さん。トいう訳だけで、ほかに何があったのでも無いのですから、まわり気《ぎ》の苦労はなさらないでいいのですヨ。おめでたいことじゃありませんかネ、ハハハ。」
と朗《ほがら》かに笑った。ここの細君は今はもう暗雲を一掃《い
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