調子合《ちょうしあい》だ。妙《みょう》なところに夫は坐《すわ》り込《こ》んだ。細工場《さいくば》、それは土間になっているところと、居間とが続いている、その居間の端《はし》、一段低くなっている細工場を、横にしてそっちを見ながら坐ったのである。仕方がない、そこへ茶をもって行った。熱いもぬるいも知らぬような風に飲んだ。顔色《かおいろ》が冴《さ》えない、気が何かに粘《ねば》っている。自分に対して甚しく憎悪《ぞうお》でもしているかとちょっと感じたが、自分には何も心当りも無い。で、
「どうかなさいましたか。」
と訊《き》く。返辞が無い。
「気色《きしょく》が悪いのじゃなくて。」
とまた訊くと、うるさいと云わぬばかりに、
「何とも無い。」
 附《つ》き穂《ほ》が無いという返辞の仕方だ。何とも無いと云われても、どうも何か有るに違《ちが》い無い。内《うち》の人の身分が好《よ》くなり、交際《こうさい》が上って来るにつけ、わたしが足らぬ、つり合い足らぬと他の人達に思われ云われはせぬかという女気《おんなぎ》の案じがなくも無いので、自分の事かしらんとまたちょっと疑《うたぐ》ったが、どうもそうでも無いらしい。
 
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