なものが自分に逼《せま》って来るのを妻は感じた。それは、いつもの通りに、古代の人のような帽子《ぼうし》――というよりは冠《かんむり》を脱《ぬ》ぎ、天神様《てんじんさま》のような服を着換えさせる間にも、いかにも不機嫌《ふきげん》のように、真面目《まじめ》ではあるが、勇《いさ》みの無い、沈《しず》んだ、沈んで行きつつあるような夫の様子《ようす》で、妻はそう感じたのであった。
永年《ながねん》連添《つれそ》う間には、何家《どこ》でも夫婦《ふうふ》の間に晴天和風ばかりは無い。夫が妻に対して随分《ずいぶん》強い不満を抱《いだ》くことも有り、妻が夫に対して口惜《くや》しい厭《いや》な思《おもい》をすることもある。その最も甚《はなはだ》しい時に、自分は悪い癖《くせ》で、女だてらに、少しガサツなところの有る性分《しょうぶん》か知らぬが、ツイ荒《あら》い物言いもするが、夫はいよいよ怒《おこ》るとなると、勘高《かんだか》い声で人の胸にささるような口をきくのも止《や》めてしまって、黙《だま》って何も言わなくなり、こちらに対って眼は開《あ》いていても物を見ないかのようになる。それが今日《きょう》の今のような
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