ものは、それほどまでに強いものでしょうかナア。」
と真顔になって尋ねた。中村はニヤリと笑った。
「誠はもとより尊《たっと》い。しかし準備もまた尊いよ。」
若崎には解釈出来なかった。
「竜《りゅう》なら竜、虎《とら》なら虎の木彫をする。殿様《とのさま》御前《ごぜん》に出て、鋸《のこぎり》、手斧《ちょうな》、鑿《のみ》、小刀を使ってだんだんとその形を刻《きざ》み出《いだ》す。次第に形がおよそ分明になって来る。その間には失敗は無い。たとい有ったにしても、何とでも作意を用いて、失敗の痕《あと》を無くすことが出来る。時刻が相応に移る。いかに物好な殿にせよ長くご覧になっておらるる間には退屈《たいくつ》する。そこで鱗《うろこ》なら鱗、毛なら毛を彫って、同じような刀法を繰返《くりかえ》す頃になって、殿にご休息をなさるよう申す。殿は一度お入りになってお茶など召させらるる。準備が尊いのはここで。かねて十分に作りおいたる竜なら竜、虎なら虎をそこに置き、前の彫りかけを隠《かく》しおく。殿|復《ふたた》びお出ましの時には、小刀を取って、危気《あぶなげ》無きところを摩《な》ずるように削り、小々《しょうしょう》の
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