刀屑《かたなくず》を出し、やがて成就の由《よし》を申し、近々ご覧に入るるのだ。何の思わぬあやまちなどが出来よう。ハハハ。すりかえの謀計《ぼうけい》である。君の鋳物などは最後は水桶《みずおけ》の中で型の泥《どろ》を割って像を出すのである。準備さえ水桶の中に致しておけば、容易に至難《しなん》の作品でも現わすことが出来る。もとより同人の同作、いつわり、贋物《がんぶつ》を現わすということでは無い。」
と低い声で細々《こまごま》と教えてくれた。若崎は唖然《あぜん》として驚いた。徳川期にはなるほどすべてこういう調子の事が行われたのだなと暁《さと》って、今更ながら世の清濁《せいだく》の上に思を馳《は》せて感悟《かんご》した。
「有難うございました。」
と慄《ふる》えた細い声で感謝した。
 その夜若崎は、「もう失敗しても悔《く》いない。おれは昔の怜悧者《りこうもの》ではない。おれは明治《めいじ》の人間だ。明治の天子様は、たとえ若崎が今度失敗しても、畢竟《ひっきょう》は認《みと》めて下さることを疑わない」と、安心《あんしん》立命《りつめい》の一境地に立って心中に叫んだ。

     ○

 天皇《てんの
前へ 次へ
全30ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング