無い。君の熔金《ゆ》の廻りがどんなところで足る足らぬが出来るのも同じことである。万一|異《い》なところから木理がハネて、釣合《つりあい》を失えば、全体が失敗になる。御前でそういうことがあれば、何とも仕様は無いのだ。自分の不面目はもとより、貴人のご不興も恐多いことでは無いか。」
ここまで説かれて、若崎は言葉も出せなくなった。何の道にも苦《くるし》みはある。なるほど木理は意外の業《わざ》をする。それで古来木理の無いような、粘《ねば》りの多い材、白檀《びゃくだん》、赤檀《しゃくだん》の類を用いて彫刻《ちょうこく》するが、また特に杉檜《すぎひのき》の類、刀《とう》の進みの早いものを用いることもする。御前彫刻などには大抵《たいてい》刀の進み易《やす》いものを用いて短時間に功を挙《あ》げることとする。なるほど、火、火とのみ云って、火の芸術のみを難儀《なんぎ》のもののように思っていたのは浅はかであったと悟った。
「なるほど。何の道にも苦しい瀬戸《せと》はある。有難い。お蔭で世界を広くしました。」
と心からしみじみ礼を云って頭《かしら》を畳《たたみ》へすりつけた。中村も悦《よろこ》ばしげに謝意を受け
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