沈んだ態《てい》に反《かえ》って、
「火はナア、……火はナア……」
と独《ひと》り言《ご》った。スルト中村は背を円くし頭《かしら》を低くして近々と若崎に向い、声も優しく細くして、
「火の芸術、火の芸術と君は云うがネ。何の芸術にだって厄介なところはきっと有る。僕の木彫《もくちょう》だって難関は有る。せっかくだんだんと彫上《ほりあ》げて行って、も少しで仕上《しあげ》になるという時、木の事だから木理《もくめ》がある、その木理のところへ小刀《こがたな》の力が加わる。木理によって、薄《うす》いところはホロリと欠けぬとは定まらぬ。たとえば矮鶏《ちゃぼ》の尾羽《おは》の端《はし》が三|分《ぶ》五分欠けたら何となる、鶏冠《とさか》の蜂《みね》の二番目三番目が一分二分欠けたら何となる。もう繕《つくろ》いようもどうしようも無い、全く出来損じになる。材料も吟味《ぎんみ》し、木理も考え、小刀も利味《ききあじ》を善《よ》くし、力加減も気をつけ、何から何まで十二分に注意し、そして技《わざ》の限りを尽《つく》して作をしても、木の理《め》というものは一々に異《ちが》う、どんなところで思いのほかにホロリと欠けぬものでは
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