に寝転がって、たまたま得た何かを雑記帳に一行二行記しつけたりして毎日|楽《たのし》んだ。特《こと》にその幾日というものは其処《そこ》で好い漁をしたので、家を出る時には既に西袋の景を思浮《おもいうか》べ、路を行く時にも早く雲影水光《うんえいすいこう》のわが前にあるが如き心地さえしたのであった。
 その日も午前から午後へかけて少し頭の疲れる難読の書を読んだ後であった。その書を机上に閉じて終《しま》って、半盞《はんさん》の番茶を喫了《きつりょう》し去ってから、
 また行ってくるよ。
と家内に一言《いちごん》して、餌桶《えさおけ》と網魚籠《あみびく》とを持って、鍔広《つばびろ》の大麦藁帽《おおむぎわらぼう》を引冠《ひっかぶ》り、腰に手拭《てぬぐい》、懐《ふところ》に手帳、素足に薄くなった薩摩下駄《さつまげた》、まだ低くならぬ日の光のきらきらする中を、黄金《こがね》色に輝く稲田《いなだ》を渡る風に吹かれながら、少し熱いとは感じつつも爽《さわや》かな気分で歩き出した。
 川近くなって、田舎道の辻の或|腰掛茶店《こしかけぢゃや》に立寄った。それは藤の棚の茶店《ちゃや》といって、自然に其処《そこ》にあ
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