か。
といった。少年は黙って立ってこちらへ来た。しかし彼は餌を盛るべき何物をも持っていなかった。彼は古新聞紙の一片に自分の餌を包《くる》んで来たのであったから。差当って彼も少年らしい当惑の色を浮めたが、予にも好い思案はなかった。イトメは水を保つに足るものの中に入れて置かねば面白くないのである。
やっぱり小父《おじ》さんが先刻《さっき》話したようにした方が宜《い》い。明日《あした》また小父さんに遇《あ》ったら、小父さんその時に少しおくれ。
といって残り惜しそうに餌を見た彼の素直な、そして賢い態度と分別は、少からず予を感動させた。よしんば餌入れがなくて餌を保てぬにしても、差当り使うだけ使って、そこらに捨てて終《しま》いそうなものである。それが少年らしい当然な態度でありそうなものであらねばならぬのである。
お前も今日はもう帰るのかい。
アア、夕方のいろんな用をしなくてはいけないもの。
夕方の家事雑役をするということは、先刻《さっき》の遊びに釣をするのでないという言葉に反映し合って、自分の心を動かさせた。
ほんとのお母《っか》さんでないのだネ。明日《あす》の米を磨いだり、晩の掃除をし
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